【東京都西部地区】第96回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会 応援報告

【東京都西部地区】第96回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会 応援報告

箱根駅伝の予選会(※)は10月26日、東京都立川市の陸上自衛隊立川駐屯地をスタートし、国営昭和記念公園にゴールするハーフマラソン(21.0975キロ)のコースで行われました。
(※)予選会の競技方法
各校あらかじめ登録された14人以内の中から12人以内が21.0975キロを一斉スタートし上位10人の合計タイムで争う。上位10校が本選の出場権を獲得。外国人留学生は登録2人以内、出場1人以内。

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    予選会コース・箱根駅伝の公式ホームページからの引用
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    立川駅・出場校旗

 
この予選会に、東京都西部地区父母会からは59名の皆さんにお集まりいただき、応援をしてまいりました。
首都圏11地区と地方父母会を含めると、総勢540名もの強力な紫紺の応援部隊が立川に集結しました。

低気圧の影響による前日の大雨でコンディションも心配されましたが、この日は朝から晴れ間もあり、時間を追うごとに残暑を思わせるほど汗ばむ陽気となりました。

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    受付 あけぼの口
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    チアと応援団のみなさん

 
明治大選手のエントリー情報では、7月のユニバーシアードで10,000メートルの銀メダルを獲得した阿部弘輝君(4年)が股関節と腸腰筋(ちょうようきん)を痛めて欠場という残念なお知らせがありました。更に10,000メートルの資格記録ではエントリー14人中2位を誇る三輪軌道君(4年)の調子が上がらず走らないという情報も入り、応援団もいささか心配な中でのスタートとなりました。

9時35分、気温17.9度。
号砲とともに43校506人が駐屯地のトラックをまず3周回ります。下馬評通り、個人3連覇を目指すレダマ・キサイサ(桜美林大4年)君ら、外国人留学生勢が最初の1キロを2分50秒というハイペースな展開で先頭集団を作り、トラックを一気に走り抜けていきました。

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その後5キロ地点の情報が入り、明治大10選手の合計タイムで2位通過という嬉しい知らせに思わず拍手喝采。そして8キロ地点では明治大2年生の手嶋杏丞君が日本人トップに躍り出る素晴らしい走りを見せているとの速報が入りました。

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左から 手嶋、櫛田、河村、小澤、鈴木、前田選手

その後も明治大は、10キロ地点の合計タイムで3位、15キロ地点では4位とやや順位は落としたものの、ゴールでは10時間51分42秒の4位で見事に予選通過を果たしました。中でも2年生の手嶋君が個人9位という素晴らしい走りでチームを牽引しました。そして初出場の1年生、櫛田君が36位、小澤君が47位と大健闘の走りを見せ、予選通過の原動力となりました。

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左から 金橋、小袖、長倉、村上、岸、大保選手

一方で、今回は本来の実力を発揮できなかった3年生の小袖君、村上君、そして予選を外れたエースの阿部君、三輪君らの4年生が復調すれば、本選で上位を狙える強力な布陣になること必至です。
2020年の正月には、悲願のシード権獲得に大きな期待をしたいと思います。

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    本選出場校
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    明大競走部のみなさん

 
◆箱根駅伝予選会・雑学
昭和30年の第31回大会までは、希望する全校が予選会に参加し、上位15校が本選に出場できるという規定でしたが、この年まではいずれも参加校が15校以下だったため、全校が本選に出場していました。
しかし、昭和31年の第32回大会は出場限度とされた15校を上回る19校がエントリーしたため、初めて落選校が4校出ました。実はこの第32回予選会で明治大は競争部員が4名しかおらず、競争部の山本監督は、世田谷区八幡山の同じグラウンドで練習している“仲間”に協力を求めました。それがラグビー部の北島忠治監督だったという事です。それを受け北島監督は、スタミナのある部員9人を9月から箱根駅伝が終わるまで約4か月間、競走部に“レンタル移籍”させ、予選を15位で何とか通過しました。そして、ラグビー部員6人はそのまま本選を走ったそうです。結果は14位であったものの、ラグビー部員だけで挑んだ復路は13位という大健闘をした奇跡は、箱根駅伝史の中でも特筆すべきエピソードです。
 
◆明大競走部:1907年創部。1920年の第1回箱根駅伝に出場した4校のうちの1校で「オリジナル4」と呼ばれます。優勝は7回を誇りますが、最後の優勝は1949年大会まで遡り、70年間遠ざかっています。早大、慶大など伝統校とも「陸上競技部」ではなく、「競走部」が正式名称となっています。